麦秋
  
   淡島千景、原節子

※ストーリーの結末を載せていますので、映画をご覧になっていない方は、ご了承下さい。

  〜たみと 紀子〜〜たみと謙吉〜〜紀子と史子〜〜家族の解体〜〜周吉と志げ〜  写真

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(1951)(白黒)(松竹大 船)(キ ネマ旬報第1位)(キ ネマ旬報興行第6位)(第6回毎日映画コンクール日本映画大賞)-Early Summer-
監督…小津安二 郎(第2回ブルーリボ ン監督賞)
製作…山本武
脚本…野田高梧/小津安二 郎
撮影…厚田雄春
美術…濱田辰雄
録音…妹尾芳三郎
照明…高下逸男
現像…林龍次
編集…浜村義康
音楽…伊藤宣二
録音技術…宇佐美駿
装置…山本金太郎
装飾…橋本庄太郎
衣裳…斎藤耐三
出演…原 節子(大 手の会社の秘書/間宮紀子)(第6回 毎日映画コン クール女優演技賞)(第2回ブルーリボン主演女優賞)
………笠智衆(紀子の兄で医者/間宮康一)
………淡島千景(紀子の友人/田村アヤ)
………三宅邦子(康一の妻/間宮史子)
………菅井一郎(紀子の父で植物学者/間宮周吉)
………東山千榮子(紀子の母 /間宮志げ)
………杉村春子(矢部たみ)(第 2回ブルーリボン助演女優賞)
………二本柳寛(医者/謙吉)
………井川邦子(安田高子)
………高橋豊子(田村のぶ)
………高堂國典(紀子の伯父/間宮茂吉)
………宮口精二(西脇宏三)
………志賀眞津子(高梨マリ)
………村瀬禅(間宮實)
………城澤勇夫(間宮勇)
………伊藤和代(矢部光子)
………山本多美(西脇富子)
………谷よしの(「多喜川」の女中)
………寺田佳世子(看護婦)
………長谷部朋香(病院の助手)
………山田英子(会社事務員)
………田代芳子(「田むら」の女中)
………谷崎純(写真屋)
………佐野周二(佐竹宗太郎)
※昭和26年度芸術祭参加作品

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紀子3部作(晩春『麦秋』『東京物語』)の第2作目。

北鎌倉に住む3世代の家族が、大手の会社で秘書として働いている28才を迎えた 紀子の結婚話をめぐり、それぞれの心情や時代の流れをユーモアを交え細やかに淡々と描いている作品だ。

 特にメロディーがいい、オープニングに流れるのを聴くだけで郷愁にかられ、 これ から小津作品を楽しめるという気分になり、胸が高鳴る。
 
 900円のケーキのシーンの紀子(原 節子)と史子(三宅邦子)の会話や、そ の後 に謙吉(二本柳寛)も加わるユーモアもいい。

ま た、古くから間宮家の出入りである矢部たみ(杉村 春子)の息子で妻に先 立たれ子連れの謙吉(二本柳寛)が、康一と同じ病院に 勤めていたが急に秋田の病院へ転勤することに なる。
 その3才の光子がいる謙吉 の嫁 に来てくれたらとたみが紀子に言い、思い掛けない反応に大喜びし涙を流しながら何度も何度も聞き返す シーンが印象的だ

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そのシーン。

謙吉(二本柳寛)に一緒について行く ことになったたみ(杉 村春子)が別れの挨拶に来た紀子(原 節子)に、
た み…「長いこと色々お世話になりまして」と、 寂しそうに言う。
紀 子…「ううん 小母さん向こうは初めて」
た み…「いいえ うちが鉄道にいたもんですから
宇都宮までは行ったこ とがあるんですけど」
紀 子…「そお
でも直よ また直ぐ 帰ってこられるわよ」と、 元気付ける。
た み…「謙吉もそういうんですけどね…」と、 俯く。
紀 子…「そりゃそうよ」
俯 いたままでたみ。
た み…「そうでしょうか」
紀 子の方を見ながら、
た み…「あたしゃもうこのまま謙吉に嫁でも貰っ て
一生ここにいたいと 思っていたのですけど…」
下 を向き、
た み…「実はね」と、 紀子の方を見る。
た み…「紀子さん怒らないでね」
紀 子の正面へ体を向き直り、
た み…「謙吉にも内緒にしておいてよ」
紀 子…「なあに」
思 いだし笑いをしながらたみ。
た み…「いえね」
笑 い出すたみ。
た み…「虫のいいお話なんだけど」
恥 ずかしそうに下を向く。
思 い切って紀子を見て言う。
た み…「あんたのような方に謙吉のお嫁さんに なっていただけたらどんなにいいだろうなんて
そんなこと思ったりし てね」
紀 子…「そう」
た み…「ごめんなさい
これは私がお腹の中で だけ思っていた夢みたいな話
怒っちゃだめよ」
紀 子…「ほんと 小母さん」
感 激している紀子。
怪 訝そうな表情でたみ、
た み…「なにが?」
紀 子…「本当にそう思っていらした 私のこと」
瞳 を潤ませる紀子。
た み…「ごめんなさい だから怒らないでと言っ たのよ」
紀 子…「ねぇ小母さん 私みたいな売れ残りでい い」
た み…「へぇ?」
にっ こりしながら紀子。
紀 子…「私でよかったら…」
思 い掛けない紀子の言葉に呆然として、
た み…「ほんと」

紀 子…「ええ」
た み…「ほんとね」
紀 子…「ええ」
身 を乗り出し、紀子の目の前に来て紀子の目をながら、
た み…「ほんとよ ほんとにするわよ」
頷 く紀子。
今 にも泣き出しそうにしながら喜び一杯の表情でたみ。
た み…「まあ!嬉しい」と、 紀子の両手を両手で掴み揺する。
た み…「ほんとね」


『麦 秋』原節子、杉村春子

恥ずかし そうに頷く紀子。
紀 子の両手を掴んだまま、
た み…「まあ! よかった よかった
ありがとう ありがと う」と、 紀子の両手を掴んだ両手を揺すり頭を深々と下げ泣き出す。
紀 子の両手を引き寄せ紀子を見ながら、
た み…「ものは言ってみるもんね
もし言わなかったらこ のままだったかもしれなかった」
涙 を拭い、再び両手を揺する。
た み…「やっぱりよかったのよ私がお喋りで」
手 を離し嬉しそうに紀子を見詰めながら、
た み…「まあ! よかった よかった
私もすっかり安心し ちゃった」と、 前掛けで顔を覆い声を出して泣き出す。
顔 を上げ嬉しそうに、
た み…「紀子さん! パン食べない
アンパン」
笑 いながら首を振り、
紀 子…「いいえ
私もうお暇するわ」
た み…「どうして もう少し待ってよ

もう帰ってくるわよ 謙吉」
にっ こりしながら紀子。
紀 子…「でも 私 もう帰らないと」と、 立ち上がる。
た み…「そお」と、 紀子の後を追い立ち上がる。
た み…「本当ね 今の話」
振 り向いて紀子。
紀 子…「ええ」
玄 関の方へ向かう紀子に、
た み…「本当なのね いいのね」
紀 子…「ええ」
た み…「ああ よかった よかった」
玄 関のガラス戸を開け、
紀 子…「さようなら」
嬉 しそうにたみ。
た み…「そう おやすみなさい ありがとう あ りがとう」と、 お辞儀をする。
紀 子もお辞儀をしてにっこりしながらガラス戸を閉める。

外へ出た 所で謙吉とばったり会う紀子。
紀 子…「お帰りなさい」
帽 子に手をかざしお辞儀する謙吉。
謙 吉…「昨日はどうも」
恥 ずかしそうにしながら紀子。
紀 子…「明日の上野 何 時?」
謙 吉…「8時10分発の青 森です」
紀 子…「そう じゃおやす みなさい」
謙 吉…「おやすみなさい」と、 お辞儀しお互いの家路に向かう。
 その際にちらりと振り向く紀子。
 きっと、この人でよかったのだという思いがあったのだろう。

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謙吉が、
謙 吉…「ただいま」と、 帰ってくると、たみが玄関へ小走りに来て、
た み…「お前 そこで紀子さんに会ったろう」
謙 吉…「うん」
た み…「紀子さん 何か言ってた」
謙 吉…「いや 別に」
た みは怪訝そうにするが、部屋に入ってゆく謙吉の後について行き、
た み…「ねぇお前 紀子さんうちに来てくれるっ てさ」と、 嬉しそうに言う。
た み…「ねぇ うちに来てくれるってさ」
謙 吉がたみを見る。
謙 吉を見ながら座り、
た み…「ねぇお前 あたし言ってみたんだよ紀子 さんに
言ってみるもんだよ
そうしたら来てくれ るってさ」
た みを見ながら謙吉が座り、
謙 吉…「どこへ」
た み…「うちへだよ」
謙 吉…「何しに」
た み…「何しにじゃないよ
お前んところへだよ
お嫁さんにだよ」
謙 吉…「嫁に」
た み…「そうだよ 嬉しいじゃないか
よかったね」と、 泣き出す。
前 掛けで涙を拭きながら、
た み…「あたしゃもう 嬉しくて嬉しくて
ねぇ嬉しいだろ
あたしゃお前がどんな に嬉しいだろと思ってさ」と、 泣き続ける。
謙 吉…「泣かなくったっていいよ」
た み…「だってお前 そうはいかないよ」
謙 吉を見て、
た み…「お前だって嬉しかったら 喜んだらいい じゃないか
嬉しいんだろ
ねぇ 嬉しいんだろ」
謙 吉の顔を覗き込む。
謙 吉…「嬉しいさ」
た み…「じゃあ もっと喜んだらいいじゃないか
お喜びよ」と、 泣き出す。
照 れて仏頂面をしている謙吉を見て、ポンと膝を叩き、
た み…「変な子だよ お前は」と、 笑い、再び前掛けで顔を覆い声を出して泣く。
そ の傍らで謙吉が嬉しそうにしている。
 このシーンの前に、 北鎌倉の駅ホームで謙吉が紀子に「面 白いですね 『チボー家の人々』」「ど こまでお読みになって」「まだ4巻目 の半分です」「そお」とやりとりしているところや、たみ(杉村春子)が紀子の父周吉(菅 井一郎)「嫁が亡くなってから本ばかり読ん でいまして」と話しているのを小津監 督が先に見せているので謙吉の心情が自然と伝わってくる。

 このシーンは台詞といい、絶妙な間合いといい、実によく描かれている。
 杉村春子の上手さと、原節子の内面から溢れてくる輝きの美しさに目を奪われ る。

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縁談話が立て続け に舞い込んだ間宮家でも佐竹からの縁談の42才ではあるが、初婚で善通寺の名家の出である真鍋との結婚を希 望していた。
そ の真鍋ではなく、謙吉との結婚に踏み切ったことを家族は心配していた。

そのこと を紀子(原 節子)は史子(三宅邦子)と一緒に腰掛て海を眺めて いる時に言う。
紀 子…「本当はね おねえ さん
あたし 40にもなってまだ一人でブラブラしているような男の人って あん まり信用できないの
子供ぐらいある人の方が却って信頼できると思うのよ」と。
史 子…「偉いわ 紀子さ ん」
紀 子…「どうして?」
史 子…「私なんか 何にも 考えないでお嫁に来 ちゃったから」

心配そう な表情で紀子。
紀 子…「でも私が行っちゃったら うちの方どう なのかしら」
史 子…「そんなこと気にしなくったっていいのよ
おとうさま おかあさ ま あなたの幸せだけを考えていらっしゃるのよ
そんなこと心配しなく ていいのよ」
紀 子…「だけど おねえさん大変だと思うわ
色んなこと」
史 子…「ううん 平気よ
競争よ
これから あんたと」
紀 子…「なあに?」
史 子…「やりくり競争
負けないわよ あた し」
紀 子…「あたしも負けない」
史 子…「食べちゃだめよ ショートケーキ」
紀 子…「当たり前よ あんな高い物
でも貰ったら食べる  ウフフン」と、 笑いながら立ち上がり海辺へ走り出す。
史 子も立ち上がり紀子を眺めている。
サンダルを脱ぎ両手に持ち史 子の方を見て満面の笑顔で、
紀 子…「おねえさん いらっしゃい
いい気持ちよ」
サ ンダルを片手に持ち変え手を振り招く。
それに応えて手を振り紀子の 方へ走り出し、紀子の傍まで来ると同じように下駄を脱 ぎ両手に持つ史子。
二人で海辺を歩き出す。
素足に感じる感触をしっかり 覚えさせながら。

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それぞ れが相手を思いやる優しさに満ちている家族でも、長女紀子の結婚を機に家族が分かれて暮らすことに なるという、子供の成長と共に家族が解体されてゆ くということを切なく描いている


『麦 秋』城澤勇夫、笠智衆、東山千榮子、原節子、菅井一郎、三宅邦子、村瀬禅


『麦 秋』原節子ら

 家族が揃った食卓の団欒の後に、誰もいない家の中を映し続けるカットで家 族の変容を見事に見せる

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大和の本家に引きこ もっている老夫婦、周吉(菅 井一郎)と志げ(東 山千榮子)が、 花嫁が嫁いで行っている姿を見ながら、
志 げ…「紀子 どうしてるでしょう」
周 吉…「う〜ん
皆離れ離れになっ ちゃったけれど」
志 げの方を見て、
しかし まあ私たちは いい方だよ」
志 げ…「ええ」と、 周吉に答え、
「色んなことがあっ て」
視 線を落し、溜息をつき、
「長い間」
湯 飲みの中を見詰める。
周 吉も視線を落し、
周 吉…「う〜ん
欲をいりゃ限がない が」
頷 く志げ。
志 げ…「ええ」
周 吉の方を見て、
「でも本当に幸せでし たわ」
お 茶を飲む手を止め志げの方を見て、
周 吉…「う〜ん」
高まる感情を隠すように湯飲 みを口に持ってゆく志げ。
周吉もお茶を飲み、溜息をつ き外を見る。
そして、志げも外を見詰めて いる。

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 老 夫婦の姿は人生の終末を迎えている寂しさを感じさせ胸が熱くなった。
 そして、あのメロディーが志げの視線から、その先に見える耳成山麓の麦秋の 風景 を映し出すところに流れる。
 フェイドアウトしても涙が溢れて止まらなかった。

※火野葦平の『麦と兵隊』(1938)に通じている、この作品は1938年に中国大陸で戦病死し た山中貞雄へのレクイエムになっているという。(2003.10.1中澤千磨 夫『小津安二郎・生きる哀しみ』PHP研究所 参考)
※日曜日に、両親が昼食を とって いるシーンは上野の東京国立博物館。(2003.12.15貴田庄著『小 津安 二郎をたどる 東京・鎌倉散歩』青春出版社 参考)

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〜写真〜


『麦 秋』佐野周二、原節子、淡島千景


『麦 秋』

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1995

[日 本映画オールタイ ム・ベストテン]映画100年特別企 画
/
1位
2位
3位
4位
5位
6位
7位
8位
9位
10位

@東 京物語(小 津安二郎) A七人の侍(黒澤明) B浮 雲(成 瀬巳喜男) C人情紙風船(山中貞雄) D西鶴一代女(溝口 健二) E飢餓海峡(内田吐夢) F羅生門(黒澤 明) G生きる(黒澤 明) H丹下左膳餘話・百万両の壷 (山中貞雄) I幕末太陽傳(川島 雄三)

@小 津安二郎 A黒澤明 B溝口健二 C大島渚
C成 瀬巳喜男
D
-
E市川崑 F川島雄三 G内田吐夢 H山中貞雄
H木 下恵介
H岡本喜八
H鈴木清順
I
-

@森 雅之 A三国連太郎 B笠智衆 C三船敏郎 D高倉健 E市川雷蔵 F石原裕次郎 G松田優作
G勝新太郎
H
-
I志村喬
I阪東妻三郎
I大河内傳次郎

@原 節子
@山田五十鈴
A
-
B高 峰秀子 C田中絹代 D若尾文子 E京マチ子 F岸恵子 G藤純子 H香川京子 I久我美子
I吉永小百合
※キネマ旬報 臨時 増刊 1995.11.13号
1995年の[日本 映画オールタイム・ベストテン]映画100年特別企画は、映画100年を総括する特別企画として、評論家・作家・ジャーナリストなど104人の選考委員の 全体点数(各個人選出ベストテンの第1位を10点、第2位を9点、以下第10位を 1点)を集計、合計数の多い作品から抽出するという方法で、映画史を通 じての日本映画ベストテンを発表した。

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2000

[20 世紀の映画スター ベストテン]
/
1位
2位
3位
4位
5位
6位
7位
8位
9位
10位



@三船敏郎 A石原裕次郎 B森 雅之 C高倉健 D笠智衆 E市川雷蔵 F勝新太郎
F阪東妻三郎
G
-
H渥美清
H中村錦之助
H森繁久弥
I
-



@原 節子 A吉永小百合 B京マチ子
B高 峰秀子
C
-
D田中絹代 E山田五十鈴 F夏目雅子 G岸恵子
G若尾文子
H
-
I岩下志麻
I藤純子



@ゲー リー・クーパー Aチャー ルズ・チャップリン
Aジョン・ウェイン
B
-
Cマーロン・ブランド
Cア ラン・ドロン
Cジャ ン・ギャバン
D
-
E
-
Fハ ンフリー・ボガート
Fスティーブ・マックイーン
G
-
Hショーン・コネリー
Hポー ル・ニューマン
I
-



@オー ドリー・ヘプバーン Aマ リリン・モンロー Bイ ングリッド・バーグマン Cヴィ ヴィアン・リー Dマ レーネ・ディートリヒ Eグ レース・ケリー Fフ ランソワーズ・アルヌー ル
Fベティ・デイビス
Fジョディ・フォスター
Fグ レタ・ガルボ
Fアンナ・カリーナ
Fジャンヌ・モロー
Fロ ミー・シュナイダー
Fエ リザベス・テーラー
G
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H
-
I
-
※2000.6.1 朝日新聞記事
映画誌『キネマ旬報』が、映画評論家 や俳優、脚本家ら74人に回答を求めて「20世紀の映画スター」を選出し、ランキングを発表した。

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参 考文献
原 節子
小 津安二郎
邦 画
サ イトマップ
映 画ありき2
映画ありき
〜クラシック映画に魅 せられて〜

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