《シネマトーク》
『泥 の河』〜名優田村高廣さんを偲んで〜

　「田村高廣さん急死」の報に驚きました。
　 直ぐに田村高廣さんの出演作で一番好きな『泥 の河』(1981)の板倉晋平役 が浮かんできました。
　 大阪安治川の川縁で食堂を営む晋平が息子(のぶちゃん/朝原靖貴)と、廓舟(売春宿)の笙子(加 賀まりこ)の娘(銀子/柴田真生子)、息子(きっちゃん/桜井稔)に熱い 眼差しを向ける表情が印象的な作品です。
　 戦争孤児の姉弟に優しく接する晋平は帰還兵で戦争で散った友や悲惨な体験、それに生き残ったことに複雑な思 いを持ち続けています。知人の事故死やきっちゃんが歌う♪戦友などでその思いを強くし己と 戦っています。
　 舞鶴（引揚港）の海を見て家庭に戻ってきた晋平が息子(の ぶちゃん)の態度で、きっちゃんの境遇を知ってしまったのかとハッとした後に 温かい眼差しを息子に注ぐラストシーンの表情が忘れられません。

　田村高廣さんは同志社大学経済学部卒業後、サラリーマンをしていらっしゃったそうで すけど、大スター阪東妻三郎の長男ということで俳優になることを望まれ53年に松竹へ入社されたそうです。
　 三男の田村正和、四男の田村亮と共に阪妻の息子と話題になります。
　 数年前の阪妻の生誕100年記念特集で兄弟4人(一般人の次男も一緒に)が父親のことを語るのを興味深く見たのを思い出します。
　 懐かしそうな会話に父親に対する尊敬の念が込められていました。
　 父親は確かに昭和を代表する役者でしたが、田村高廣さんの『泥 の河』の板倉晋平役は、その阪妻の『無法松の一生』の富島松五郎よ うに素晴らしい名演だったと思います。

　田村高廣さんは、1954年『女の園』(木下恵介監 督)でデビュー後、映画や舞台など数々の作品に出演され、『兵隊やく ざ』(増村保造監督)などにより第16回ブ ルーリボン助演男優賞受賞されています。それに、78年のカンヌ国際映画祭監督賞受賞作『愛の亡霊』(大 島渚監督)では国際的な評価を得られています。
　『父 よ！母よ！』(木下恵介監督)・『遥か なる走路』(佐藤純弥監督)・『動乱』(森 谷司郎監督)・『天平の甍』(熊井啓監督)で81年度日本アカデミー賞優秀助演男優賞を受賞されました。
　 そして、ご自身も代表作と言っていらしたという『泥 の河』(小栗康平監督)で 1981年度毎日映画コンクール最優秀男優演技賞を受賞されています。
　 87年は『イタズ　熊』(後藤俊夫監督)で 第38回芸術選奨文部大臣賞、88年は『新版・香華』(有吉佐和子原作)で第14回菊田一夫演劇賞を獲得、それに、91年紫綬褒章受章、99年勲四等旭日小綬 章受章と輝かしい功績を残されました。
　 また、モスクワ映画祭最優秀主演男優賞の『春駒のうた』(1986)(宮川ひ ろ原作)の星野文三役の名演も忘れられません。

　惜しい役者が天国へ旅立ちましたけど、きっと、尊敬していらっしゃった父親から“よ くやった”と温かく迎えられたことでしょう。

　ご冥福を心からお祈りいたします。

　　『泥 の河』の放送について
　 先日お亡くなりになりました田村高廣さんの出演作『泥 の河』が5月29日(月)PM8:00〜9:50 にNHKBS2で放送されます。
　 生前、「私の代表作」とおっしゃっていたように素晴らしい演技を見せてくださっています。
　 第13回太宰治賞を受賞した宮本輝の同名小説を映画化した『泥 の河』は私も大好きで何度観ても感動しています。
　 ご一緒に名優田村高廣さんを偲んでいただけたらと思います。

　『泥の河』(1981)
　 監督：小栗康平
　 出演：田村高廣/藤田弓子/朝原靖貴/加賀まりこ/柴田真生子/桜井稔/殿山泰司/芦屋雁之助

　ご冥福を心からお祈り申し上げます。